そしてカバたちはタンクで茹で死に

ある朝不安定な夢から覚めた時、ベッドの中で自分の姿が一匹の、とてつもなく大きなLove & Thunderに変ってしまっているのに気づきたい。

5月31日 だから天国は月の裏側

 

去年の今頃と比べたらいくらかマシな気分なんだろうけど、何も変わっていないように感じてる。思ってることとか泣きたい気持ちがなんでなのかを言語化できるだけマシかな、みたいな感じ。自分がどう思ってるかが自分で分かって、色んなことに気がついて、どんどん苦しくなるけど分からないよりはまだいいっていう、そういう話。

仕事中窓開けたら初夏の匂いがして、去年の夏のこと何も覚えてないなと思った。そのくせ、なんかぬるくて平和ボケしてるみたいな風を感じたり、カーテンが揺れてる金色の夕方が来ると、ああ夏のこの感じはクソみたいな気分を思い出すなと思う。指輪を作ってみたり同じライターとか形見の香水使ってみたりしてて、バカじゃねーのと思っている。そういう自分のことガキだと思う。こういうのを執着っていうんだと思う。だけどそう思われるとして何だ。無駄だから、一年経ったから、だから何だ。私がこうなる理由も知らないくせにと、そんなこと誰にも言われたことないのに、架空の他人を作り出してそいつに当たっている。こうやってなんかダラダラ書いてるものをインターネットの海に放流して、他人に見せびらかして、なんか大変そうだね笑 病んでる?大丈夫?てか文長すぎてキモい笑 とか思われたらそれで満足か?生きてれば誰もが経験することをいつまでも受け入れられないでいるのは自分が一番分かってる。あいつのことをどうにか未来に連れていきたいんだけど、どうすればいいのかが分からない。それは無理だよとか、生き続けさせるには忘れないことだよ、とか言う奴がいるなら、そいつを触媒に人体錬成してやる。等価交換で私の内臓でも腕でも脚でも何でも持ってけばいい。まあそれは嘘だけど。訳あって死んだやつを無理やりぶっ生き返すのは解釈違いだから。

 

親友が死の概念そのものに変わってしまって、友達になってからずっっと彼の背中に張り付いて剥がれなかった死を、これから私が肩代わりする必要は無いていう 当たり前だけど受け入れ難い事実を受け入れてしまう未来を許して、自分で自分にもういいよって言ってやる日がいつか来るんだなって思ったら泣けて泣けて仕方ない‬。‬こうなるずっと前から、全部ダメにして落ちていって最後には死ぬ緩慢な自殺を漠然とゴールに設定してるけど、もうそこから自分を逃がしてやってもいいじゃんね、みたいな。死に投影した親友に義理立てするのは私にとっての道理でしかなく、世の中はそれを逃げと言うのでしょうが、私にとっては…私にとっては……‬‪

だから孤独だけじゃ足りないんだと思って泣いています。孤独だけじゃ足りなくて、孤立しなきゃしがらみから解放されない。しがらみを振り解かれた側の気持ちが分かってしまった今となっては、ああもう私は死ねないんだなて思ってしまうんですよね。遺された人が可哀想だから。首にあてたカッターが動かせなくて、動かせないことがつらくてもう迎えに来てよと泣いたところで夜は一分も淀むことなく正しく夜なんですよ。

そうやって、当たり前のことを受け入れて、悟ったみたいな顔をして、少しずつ前向きになり穏やかになっていくのが死を受け入れるということなんだろうけど。これは普遍的な心の動きで、分かりきったことで、私はいつまでも駄々こねてるだけなのかもしれないけど。煙が晴れないまま生きていくことはできるのか?死への同化願望や罰や自暴自棄ではなく、生きることに後ろめたさを感じるのでもなく、煙がまだそこにあるままで、この罪悪感や寂しさとか悲しさとかを忘れるでも諦めるでも美化するでもなく、そのままの形を保ったまま生き続けることはできるのか?凪いだ海みたいに水の底に全部を保存して、ゆっくりゆっくり朽ちていくみたいに生きていくことはできるだろうか。

‪「悲しみはもう捨てていいよ」てそういうことじゃんね。なんかThe Birthdayていうバンドのボーカル、ていうかチバユウスケが、ミッシェル時代〜バースデーに至るまで出してきた曲を時系列順に片っ端から聞いてったら思ったのがここに書いていることなんですけど、まあそれはどうでもいいんですけど。空が青いてだけで何もかもがクソに思えたり全てにイラついたりつらくてしょうがないことはそのままで、青空を受け入れるしかないんだなあて思うんですよ。嗚呼〜……なんだこれ。つらいなあ。生きていくには普通の人みたいに誰にも過度に依存せず自分の足でちゃんと立ってマトモになるしかないことや生きるから変わっていくことを、こっちとあっちに別れたりあいつを切り捨てることみたいに思ったり、過去に置き去りするみたいに感じなくてもいいなんて考えたくもないんだけど。

置いていかないでと泣いて頼んだのは叶わなかった過去のことになった。だけどそれがなんだっていうんだ?連れて行って欲しいとかなんであの時とか、私が殺したんだと毎日毎日思わなくてもいいんだとしたら、重力がなくなるみたいで、これからどうやってどっちに歩いていけばいいのか分からない。あいつは私を責めても恨んでも何してもいい。こうなったのは全部はじめから私があいつの親友になったからだって思って、でも私にあいつが必要だったみたいにお前にも私が必要だったじゃんねって、ごめんねって謝って泣くことで自分のアイデンティティを作ってるみたい。私は自分を許せないんだけど、これって死者の冒涜?自分のおつらみに都合よく利用してる?だったらウケるんだが。お互いに利用しあった結果が地獄の底って、今更寓話にもならないんだけど。別にただ、またいつかあいつの中に雨が降った時に、傘を閉じて一緒にその雨に濡れて行きたいだけなんですよね。これがあいつを殺した原因なのに、まだ捨てられない。だってまだ一緒にいたいし。一緒にいたいだけなのに、一緒にいたいからやったこと全部間違ってたんだなって思う。私がお前を私に依存させたのに、私がうまくやれなかったせいでお前は死んだ。きっと私が今日はもう寝るって言ったことが、これ以上付き合ってられないって言ってるように思えただろうな。ごめんね。ひとりぼっちで死なせちゃった。悲しくてつらくて沢山泣いただろうと思うと言葉にならない。ごめんね。酷いよね私。最低だよね。ごめんね。謝りたいのにどこにもいないの何で。だから私に責任がある。絶対にある。死んでどこにもいないなら、せめて死の責任くらい私のものにさせて欲しいって、この期に及んでまだグロテスクなことを考えている。

悲劇のヒロインぶるのやめろとか思わないで、落ちていくことを義務にしないで、断崖絶壁みたいな終着点を待ち焦がれなくてもいいんだよって、いつか他でもない自分から許されてしまうのはめちゃくちゃ心許ない旅に出るみたいだと思う‬。We have a long ride ahead of us. 「長い旅になるぞ」という映画のセリフが好きで、繰り返し繰り返し思い出しては"us"でいられることを祈ってた。いつか取り返しがつかなくなる日が来るんだろうなと嫌な確信があったずっと昔から、嫌な予感を本当のことにしないように、きっとこいつとずっと友達でいられるように頑張ろうって思ってた。

あいつはいつか死んじゃうって思うのをやめられなかった癖に、あいつの自傷とか未遂をいちいち律儀にウザいくらい怖がったりめちゃくちゃ傷ついたり怒ってた癖に、絶対死なせないって思ってた癖に、手を離したら死ぬって分かってた癖に、分かってた癖に分かってた癖に分かってた癖に死なせた自分のことが許せない。共依存もいいところなんだよほんと。お前の中に雨が降れば私は傘を閉じて濡れていけるみたいなゆるくてぬるいことばっか言って、「辛い時にそばにいてやりたい」ってストレートに言うのが恥ずかしくて、もっと恥ずかしいセリフを散々言って甘えたり甘えさせたりしてた癖に、最後の最後まで付き合わなかった私を殺したい。去年の今日の夜どれだけ辛くて悲しかっただろうと思うと、自分の無責任さで大好きな友達を死なせたんだと思うと、絶対に自分が許せない。謝って済むことじゃないし、もう謝れないし、やり直すチャンスもない。だけど間違いなく私たちは良い友達だったし、今もそれに変わりないと思いたい。私にはあいつの友達とか、あまつさえ親友を名乗る資格なんてないと思ってるんだけど、でも間違いなく私たちは親友同士だし、私はあいつの事が誰よりも好きだ。私やあいつのことを知ってる人ならわかると思うんだけど、恋とかじゃなくて、なんでか分かんないけど私はあいつのことがずっと前から大好きで、笑ってて欲しくて、辛いことがあるなら隣に座ってタバコでも吸って、くだらない話で笑わせて、元気になるまで一緒にいてやりたいんですよね。それが変わる日は絶対に来ない。

見えないけどきっとそばにいる、全部が終わったらきっとまた会えると願って、そうなることを祈って、生きていく救いにしてる。これからあいつなしで続いていく長い旅の途中で私が一人でみる砂漠とか、花や海や音楽が美しかったことをいつか月の裏側で話して聞かせたい。月の自転と公転の周期が同じなせいで、月はずっと同じ面を地球に向けながら地球の周りをまわってるらしい。だから地球から見えているのはいつも月の表側だけで、月の裏側は地球のどこからも観測できない。そこにあるはずなのに絶対に目に見えないけど、月の裏側の地面は今日も地球の39万km先の反対側で同じ宇宙を見てる。そういう所に天国はあると思う。そこでならきっと生きている。そう思うことにした。毎日毎日夜が辛くてたまらないけど、空を見ればそこにいるって思えば頑張れる。そう思うことにした。

べたべたでべちゃべちゃな癒着と依存を友情て言葉で包むのやめて、健康的な距離取らないとあいつは絶対元気にならないけど、少しでもミスったら確実に死ぬし、でも絶対離れなきゃダメだから怖くて苦しかった。でもいざこうやって「離れて」みたら私の方が寂しい寂しいって言って離してやれないの、最低すぎて泣いてる。じゃあ最初っから俺を遠ざけようとしないでよて、私が泣いて泣いて死んじゃうまで100億回責めてほしいわけ。私のせいでダメになるって思ったことあるでしょ。私も、私のせいでお前をダメにしちゃうって何回も思ったことあったよ。あいつは鬱になってから人の気持ちを考えないけど、私はずっと自分のことしか考えてなかったって今になって気づいた。あいつにはたくさん友達がいるし、もうダメ仕草が上手いから、私がいなきゃダメなんてことはないはずで、だけどそんなクソの役にも立たん訳の分からん謙遜をする必要はないほど私たちはうまくやっていたしあいつには私がいなきゃだめだったのかもしれなくて、でも本当は私の方があいつが居なきゃだめだったんだよなって今更気づいた。

死んでからも好きだ好きだとうるさく言って悪いけど、めちゃくちゃ好きだ。セクマイだから、まあ世界でひとりぼっちかな、みたいな、思春期の美しくて大袈裟で下らないけど大事な感傷を分かってくれたのがあいつでよかった。Ddurが綺麗な黄色だとか、Asdurは水色をしてるとか、そういうことを大真面目に話したら分かってくれて嬉しかった。好きなマイナー調をこれ、と言える人に初めて出会って意気投合なんてできちゃって、めちゃくちゃ嬉しかった。なんでこんなに好きなのかわかんなかったけど、「Asdurはかわいい女の子みたいだよね」って言った時にこいつのこと好きだなって思ったのを最近思い出した。好きだなあ。世界で一番好きだ。恋とか愛とかじゃないし、私が損したり悲しくなったり不安になったり辛いことがめちゃくちゃ多くてもいいからなんか、笑ってて欲しかった。それだけなんだけど、うまくいかなかったな。

 

辛くて仕方ない。時間が経つのが遅くて気が狂いそうになる。早く終わってくれってそれだけ考えてる。私も死ねたらどんなに楽だろう。だけどきっと家族とか友達とか、私を心配してくれた人はめちゃくちゃ泣いて、私みたいに自分を責めて苦しむんだろうと思うと可哀想で死ねない。その人達を振り払って死ぬなんて、少なくとも今は可哀想すぎて出来ない。私の死にたさはその程度ってことなんだろうな。死にたいのに死ねないのって、まだ愛されて人に気にかけられてることの証拠でもある。あいつが自殺して、死ってどういうことなのかがよく分かってしまって、残酷なことを沢山考えたり気づいたりする。程度は違えど誰でも一度くらいは死にたいと思うんだろうから、思春期にかかる風邪を長くこじらせたみたいなもんなんだろう。けどそれが、心が幼いからとか弱いからだとは思わない。

生きていたいとは思わないし、自分がいつ死のうがどうでもいい。どんなクソみたいに惨めな人生になろうが罰だと思えるから良い。生きることに希望も期待もしてないし、もうずっと前からどうでもいいけど、あいつと一緒にいられた時は、生きてるのがなんやかんやで楽しかった。自分でもそれに気づいてなかったけど、生きるのが楽しかった頃、私は間違いなく私の生涯で一番の友達に出会った。それで別れた。それがどういう事なのかはこれから分かる。知らなくても済んだことと知りたくもねえことばかり、これからたくさん知っていく。人生の夏が終わったんだ、なんて考えている。あいつはわがままなクソ野郎だけど可愛くて可愛くて仕方ない。私の心の深いところにもう誰もいれたくない。だけど、そうやって生きていくのがすごく寂しいことに思えて、ずっと心を閉ざしたままで生きていくのには耐えられないだろうなと思ってる。そういう自分にイラついてる。誰かを好きになるとかそんなことしてもいい立場なんですか?その気持ちでまた殺すんですか?親友が自分のせいで死んだのにいいご身分ですね〜てかあいつより好きな人間とかできるわけなくない?「一番好きな人」の椅子が永久欠番で一番好きな人が一位をこの世から勝ち逃げなんだから(それな!?めちゃくちゃわかる)って思う。誰かを好きになったら絶対に許さない。あいつをこれ以上過去に置き去りにするのは許さない。これが若者の深刻な精神解離ってやつ?若者の深刻な精神解離てのは、あいつのTwitterのbioに書いてあったわけわかんないけど好きな言葉。

死んだらまた会いたいけど、あいつは私のこと許してくれるかな。今もまだ私のこと友達だって思ってくれてるかな。それを考えるとめちゃくちゃ怖くて仕方ない。ケンカ別れってつらすぎる。あいつは私とケンカしたから死にましたって看板に書いて世界中に見えるように持ってたい。後悔するのもつらくて泣くのも、その気持ちの後ろに自動的に「自分で殺したくせに何言ってんの?」て付け加えられるんですよね。誰かに聞いて欲しいけど、この気持ちを正確に伝えるには言葉は意味や思いを正しい分量含んでくれなくて、どんな言葉も相応しくなくて、黙った方がいいなって思っちゃう。まあ耐えられなくて、聞かれてもないことをべらべら喋るんだけど。苦しみは無限ですね。

私が待ち望んでる「いつか」は死んだ後にしか訪れなくて、あと何十年か生きてる間、私は本当にもう二度とあいつに会えないし、あいつは本当にもうこの世のどこにも居ないんだっていう当たり前の事実を思う度に、自分が地面から浮いてるみたいな感じがする。一人じゃないのにひとりぼっちみたいな気になる。でもそれは違うんだよな。世界で一番好きで、愛している人が死んでも、私はまだ他の人から愛されている。それが辛くて仕方ない。愛は時に足枷だなって酷いことを考えた。もしあいつもそう考えたことが一度でもあったなら、私は幸せだ。辛いけど、もう嫌だけど、私はまだ生きている。私はまだ地球にいるから月の裏側にいるあいつが見えない。見えないから私達はしばらく離れなきゃならない。